わが子へ

現在は骨休み中であるfacebookに7年前に載せたもの。
残しておきたい文章として、全面撤退する前に移し替えておきます。

1995年の今日、わが子は生まれた。

予定より2週間早く、2100グラムの小さな小さな、けれど、飛び切り元気な女の子だった。
小さいので保育器に入る、つまりは入院することになったが、入院するには名前を付けなければならなかった。

ところが僕ら夫婦は、それまで男の子の名前しか考えておらず、僕はこの日から二日二晩、それこそ不眠不休で娘の名前を考えた。1週間ほど前、日本中の祝福ムードに包まれて、ひとりの女の子が誕生したが、その子と同じ「佳」の一文字をいただいた。

遡ること4年前の1991年。新婚旅行で訪れたフランスで、「子供ができて、その子が二十歳になったら一緒に飲もうよ。」と酒を1本買い求めた。
酒の知識などない夫婦だったが、”ナポレオン”という単語だけは知っていて、由来も良し悪しもわからぬまま、ボトルの佇まいで選んだ安酒だった。

「小さく生んで大きく育てる」という言葉があるけれど、高校卒業まで、娘はいつもクラスの列の先頭で、小さく小さく立っていた。
その代り、運動会でも学芸会でも、いつもベスト・ポジションで、親バカな素人カメラマンのモデルを務めてくれた。

2015年の今夜、20余年飾り物だった安酒のボトルを開ける日がやって来た。
そういえば昨年末、娘と同じく「佳」を名前にいただいた女の子も、すっかり素敵な女性に成長し、年の瀬の日本を沸かせていた。

今日のため、娘のために、夫婦で1年前から考えて、化粧筆を贈ることにした。
いつも化粧気のない娘が、少しは大人の女性らしく化粧してくれるといいけれど。
アクセサリーも候補に挙がったが、アクセサリーは、キミのことを世界で一番愛してくれる男性から、愛の証しとして贈ってもらえばいいさ。
オヤジは、そいつが世界で一番気に入らない野郎だと思うだろうけど。

わが子のため、そして次世代を担う全ての子供たちのために、僕らは何を残してあげられるだろう?

少なくとも負の遺産だけは残したくないな・・・
僕らの子供たちが、その子供たちのために、そして、またその子供たちのために、素敵な贈り物ができる未来でありますよう。

facebook 1995年1月6日